「ロロノア!もう、逃がしませんっ!」
時雨を握り締めたまま、たしぎは
断崖の縁まで、ゾロを追い詰めていた。
「ったく、お前とは、勝負しねぇって
何回言ったらわかるんだっ!」
「何回言われたって、引き下がる気はありませんっ!」
「あ〜〜〜っ! 面倒くせぇ!」
苛ついたゾロが、たしぎに向かって踏み出す。
ぐっと構えたたしぎを、ふわりとかわしながら
すれ違いざまに、トンっと肩を弾く。
まさか、かわされるとは思いもしなかったたしぎの
身体は、たたらを踏んだように
前につんのめる。
丁度よく足元の石ころにつまずくいて、思い切り、すっ転んだ。
あ〜〜あ、また転びやがった。
と思いながらゾロは顔をしかめる。
と、大声でたしぎが崖下に向かって叫ぶ。
「あ〜〜〜〜〜〜っ!!!」
ポチャンと音が聞こえた。
「なんだっ?」
只事ならぬ、たしぎの様子にゾロが思わず駆け寄る。
「メ、メガネが〜〜、海に・・・」
情けない声を上げながら、眼鏡が落ちていった海面を
四つん這いになりながら、見つめていた。
「変えたばかりだったのに・・・
気に入ってたんですよっ!もう、ロロノアの馬鹿っ!」
う。
たしぎの剣幕に、ひるむゾロ。
「まったく!お前が、トロくせぇから
落っことすんだろ〜がっ!」
文句を言いながらも、腰に差した刀を外して、
たしぎに差し出す。
「え?」
シャツと靴を脱ぐとたしぎに向かって放り投げる。
「拾ってくるから、持っとけ。」
「ええっ?」
たしぎの返事を待たずに、ゾロはとんっと崖から
海に飛び込んだ。
ジャボン。
さっきより、大きな水音が聞こえた。
呆気にとられながらも、たしぎは、慌てて崖下を覗き込む。
暫く見ていたが、海面は凪いだまま、
ゾロが顔を出す気配は、一向にない。
三本の刀と、ゾロの服を胸に抱えると
急いで、崖を駆け降りる。
岩場の海辺まで来ると、じっと
ゾロの飛び込んだ辺りを見つめる。
不意に水面が盛り上がったかと思うと
ゾロが顔を出した。
「ロロノア〜〜〜ッ!!!」
大声で呼ぶと、こちらに気づいて手を上げた。
そして、また大きく息を吸って、海面に消える。
あんな深い海で、見つかる訳ないじゃないですか。
まさか、眼鏡を探しに海に飛び込むなんて、
たしぎは、想像すらしてなかった。
自分も息を止めるように
ゾロが顔を出すのを、何度も見守った。
ゾロの姿が見えない時間は、たしぎを否応なく不安にさせる。
「もう、いいですから〜〜〜っ!
ロロノア〜〜〜ッ!!!」
この声は、ゾロに届いているのだろうか。
たしぎの心を表したかのように、雨雲が空に広がってきた。
湿気をはらんだ風がじっとりと身体を撫でる。
雨が降る。
そう、思った時には、雨粒が一つ二つ、落ちてきていた。
あっという間に、ずぶ濡れになる程の激しい夕立ちになった。
黒い雨雲の間から、稲妻が光った。
もう、いくら叫んでも、たしぎの声は雨と風の音にかき消されて
ゾロには届かない。
何度目かの稲妻の光に、巨大な海王類の影が映った時には
背筋が凍りついた。
「ロロノア〜〜〜!危な〜い!海王類が迫ってます!」
何度叫んでも、ゾロに声は届かない。
その姿さえも、雨で遮られ、確認できなくなっていた。
刀も持たずに、海中で襲われたらひとたまりもない。
膝に力が入らずに、岩場の間の狭い砂場に座り込んだ。
海面に潜る海王類の姿が、二度、三度と見えた。
ギャオ〜〜〜という雄叫びと共に、海王類の巨体が岩場に倒れて動かなくなった。
映画でも見るように、その光景を、たしぎは見つめる。
不安げな瞳は、ただ一つの姿を探し求めてさまよう。
徐々に雷鳴も遠ざかり、雨粒が身体を打つ音と波音だけが聞こえる。
ぼやける視界に、黒い人影が映ったのは、それから少し後だった。
その人影は、ゆっくりとたしぎに向かって近づいて来た。
腕に手ぬぐい。
いつも身に付けている腹巻を外し、
ボタンが外れ、ずり落ちたズボンの上には、へそと腰骨が見えている。
全身から滴をしたたらせながら
濡れて張りついたズボンをたくし上げ、たしぎ前に立つ。
「待たせたな。眼鏡、あったぞ。」
ゾロの刀を濡れないように自分のジャケットにくるんで
抱えていたたしぎは、座ったまま動けない。
無造作に差し出された眼鏡を受け取ろうともせずに、
ゾロを見つめる。
「どうした?見えねぇのか?」
何も言わないたしぎを気にも留めずに
眼鏡をたしぎの頭にかけてやる。
その手を振り払って、たしぎが立ちあがる。
「こんなっ、眼鏡なんていいのに・・・
あなたが、死んじゃったらどうするんですかっ!」
いきなりの剣幕に、いぶかしげにたしぎの顔を凝視する。
たしぎは、自分の手を見て息を呑む。
雨が洗うように流したのは、血の赤だった。
「ロ、ロロノア・・・怪我を・・・?」
「ったく、やっと見つけたと思ったら、
あいつが、邪魔しやがって。」
振り向きもせずに、親指で差し示した先には
さっきの海王類が、岩場に横たわっている。
「こんなの、舐めときゃ治る。」
ゾロの左肩から、雨と一緒に流れ落ちる赤い筋。
笑ってみせるゾロにたしぎが手を伸ばす。
ぞの傷に触れるのかと思いきや、
眉間にシワを寄せ、ぐっと拳を握りしめると、
どん!
その拳で、ゾロの胸を叩く。
下を向いたたしぎの表情は、
ゾロには伺い知れない。
「なんだよ、何、怒ってんだ。」
たしぎの勢いに、気圧されるように一歩、二歩と後ろに下がる。
身体が離れようとした瞬間、たしぎが手を伸ばして
ゾロにしがみついた。
たしぎは、まだ顔を伏せたままだ。
「おい・・・」
ゾロの腕が、支えるようにたしぎの腰にまわされる。
「勝手に、いなくならないで・・・ください。」
どこに、こんな力があるのだろうと思える程、
ゾロは強い力でたしぎに抱き締められる。
激しい雨の中、髪もシャツもずぶ濡れのまま
触れあった肌は、吸いつくように密着する。
ゾロの身体の奥に、火が灯る。
たしぎの頬を包むように、自分の方に向かせた。
頬に張り付いた髪の毛を撫でてどかすと
泣きそうな顔で、オレを見る。
その瞳が濡れているのは、
雨のせいだけじゃないだろう。
「オレは、死なねぇって言っただろ・・・」
その目を真っ直ぐに捕えながら、言い聞かせる。
何か言いかけたたしぎの唇を塞ぐように口づける。
絡み合う舌と舌。
むさぼるように確かめ合う。
首に廻されたたしぎの手に、力がこもる。
そろりと、ゾロの手のひらがたしぎの背中をたどる。
薄い布さえも、もどかしく感じられ、
シャツの中のぬくもりをたぐり寄せる。
ピクンと反応した、たしぎが身体を起こし、
ゾロの左腕を下から撫で上げ、傷口の所で動きを止める。
ゆっくりと顔を近づけて、塞がりかけた傷口を舐める。
チロリと見えた舌が、艶かしい。
熱を帯びた瞳で、見つめられ、ゾロは動けなくなる。
どから、こんな衝動が生まれたのだろう。
たしぎは、自分でも分からなかった。
それでも、ゾロを求める指先は動きを止めずに
絡みつくように、背中にすがりつく。
「・・・いやなんです。」
離れたくない・・・
心の底から、そう願った。
失う恐怖を感じてしまった心が、
ゾロを求める。
お願い、あなたと共にいると、私に知らせて。
証拠を刻んで・・・
ゾロは戸惑いながらも、熱にうかされるように
たしぎを抱きよせていた。
お前が、こんな激しい感情を見せるなんて。
たしぎに応えるように、激しくその熱を求め出す。
少しだけ戸惑いを見せたたしぎを
強引に引き寄せ、岩陰に腰を下ろす。
激しい雨は、まだ止みそうにない。
このまま、二人、流されよう。
*******
ピチョン。
頭上の大岩からの雫が、たしぎの頬に落ちる。
雨は止んで、空には星が顔を出した。
宵闇が包むように、二人の姿を隠してくれる。
うっすらとまぶたを開けると、ゾロの胸で視界が溢れる。
そのまま、目を閉じると、子猫のように頬を擦り寄せた。
背中にあったゾロの手が、たしぎの首筋に添えられると
ゆっくりと顔を引き寄せる。
余韻を消し去るような濃厚な口づけ。
思わず、たしぎの口から吐息が漏れる。
満足げな笑みを浮かべ、ゾロは身体を起こした。
「うん、たまには、こんなのも、悪くねぇな。」
激しく
求められ
狂おしく
イトオシイ・・・
「な、何がですか!?」
顔を赤らめながら、背中にかけられたゾロの
上着をたぐり寄せる。
起き上がろうとしたたしぎの腕をぐっと引き寄せると
抱えるようにだきしめる。
「もう少し、このままで、
いたいんだろ。」
顔を上げれば、いつものからかうような笑みを浮かべ、
ゾロが見つめている。
「しょうがないです。もう少しだけなら・・・」
そう言うと、たしぎは目をつぶって
抱かれた胸に、頭を預けた。
〈完〉
ひゅうさんからのリクエスト
「ゾロが半裸でたしぎにぎゅうーていうラブシーン」
「夕立の上がりそうな雨のなかで、たしぎも離れたくない」
こんな、感じで(^^ゞ 思い切り楽しんじゃいましたぁ。ありがとうございます。